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YASHICA ELECTRO35 MC:世界最小Rollei 35 に挑んだ日本の老舗ブランド

世界最小のAFフルフレーム(35mmフィルム)一眼レフは先週の当ブログで紹介した PENTAX *ist ですが、ミラーボックスを持たないコンパクトタイプのフルフレームカメラでは1996年に発売されたMinolta tc1という名機があります。Minolta tc1はそれまで永らく世界最小を誇ったドイツのカメラメーカー Rolleiの Rollei 35を下回る世界最小サイズを実現し、AF機構まで組み込んでいました。

本日はそのMinolta tc1 を遡る事二十数年の1970年初頭、Rollei が現役で世界に君臨していた頃に最初にRollei 35に挑んだ、老舗ブランドYASHICAの ELECTRO35 MCを紹介します。

YASHICA ELECTRO35 MCが発売されたのは1973年との事なので、今からほぼ50年、半世紀も前のカメラになります。郷ひろみ西城秀樹野口五郎さん達がデビューして新御三家として活躍していた頃です。そう考えると今なお現役の郷ひろみさん、すごいですね。映画「燃えよドラゴン」が世界で大ヒットした直後、主演のブルース・リーさんが亡くなった年でもあります。

www.youtube.com

この時代のカメラは多くが電子制御になってきていますが、50年前の電気仕掛けのカメラがいまでも使えるは驚きと思います。現代のミラーレスカメラ達は50年後、ちゃんと動くのでしょうか。

 

ネット上にもあまり情報が見当たらないこのカメラなのですが、写真家の大村祐里子さんがこのカメラを愛用しておられ、簡単な紹介をご自身のコラムでされていましたので、興味のある方は下記のリンクでご参照ください。

genkosha.pictures

ELECTRO 35 MCは当時のYASHICAを代表するELECTRO35シリーズの最後のカメラとして、世界的なヒット商品であったドイツのカメラメーカー Rollei-Werke Franke & HeideckeのRollei 35 を仮想ライバルとして開発・発売されたようです。Rollei 35は35mmフルフレームのカメラでありながら日本製のハーフカメラ(今のAPS-Cとほぼ同じフレームサイズの小型カメラ)よりもサイズが小さく、そのためハーフカメラ勢が駆逐されてしまっていたそうです。

en.wikipedia.org

ELECTRO35 MCの「MC」ですが、今となっては確かめようもないのですが、おそらく「Most Compact」とか「Minimum Camera」とかの頭文字であったと想像出来ます。自分は Rollei 35を所有していないのでサイズの比較は出来ませんが、ほぼRollei 35と同等のサイズを実現していたようです。

下の写真はNIkon 1シリーズで最もコンパクトだったNikon 1 S2とELECTRO35 MCを並べて撮影したものですが、その小ささがわかります。

YASHICA ELECTRO 35 MC と Nikon 1 S2

自分がこのカメラを気に入っているところは、当時の多くのコンパクトカメラがプログラムAE方式で撮影者が撮影条件を選べずカメラのプログラム任せだった中、絞り優先のAE機構を搭載しており、撮影者の意図に沿った絵作りをする事が出来ることです。

電池は4LR44という特殊なサイズの電池を使用します。幸い、今でもAmazon等で入手可能です。

誇らしげに肩に刻印されたラザフォードの原子模型。よくみるとちゃんと電子も4つ描かれてます。電子化に輝ける夢を抱いていた時代だったのかも知れません。

ファインダーはただの素通しで、距離連動ファインダーはありません。ですのでフォーカス合わせはゾーンフォーカス式(つまり、赤い指針が示す、遠く、真ん中、近くの目安のみ)になります。もちろんレンズ自体には距離が目盛られています。最短撮影距離は0.9mなので、あまり寄れませんね。

ボディーは真鍮製で、自分のものは所々、塗装がハゲて真鍮地金が出てきております。この後のプラボディーカメラ時代では味わえない渋みですね。

長い前置きになりましたので、ELECTRO35 MCの作例については明日のブログに掲載する事にします。

 

本日のおまけショット

Nikon Coolpix S01 / ラフモノクローム